鎌倉山❀

20代の頃からロンドンに行き実業家として活躍していた菅原通濟(すがはらつうさい)は、35歳の時に日本自動車道株式会社を設立し、鎌倉山の別荘地開発に着手しました。
日本で始めて、電気、上水道、電話のライフラインを完備した分譲開発は話題を呼び、近衛文麿首相や岩田宙造司法大臣、テナー歌手の藤原義江などの著名人が買い求めました。
鎌倉山という名前すらなかった丘陵が一躍、高級別荘地として生まれ変わった一大プロジェクトはどのようにして生まれたのでしょう?
それは、通濟が29歳の時にさかのぼるのです。。
その頃長谷の大仏裏に住んでいた通濟は鎌倉常盤に自宅を建てようかと考えていました。
そんな時、ドイツ人の貿易商クルト・マイスナーと共に深沢の丘陵(現鎌倉山)を散策していて、西は江の島、東は逗子を眺めることのできる景観のよさに改めて感心しマイスナーのすすめもあり、ここを高級別荘地とすることに決めたのでした。
クルト・マイスナーは20歳の頃にジーモン・エーヴェルト商会の日本駐在員として来日し、大戦後も日本に住み続けた人で、ドイツ東洋文化研究協会の会長も務めていました。
獣道のような道無き散歩道を歩きながら、二人は何を想い何を語ったのでしょうか。。。
あれから約100年後の今、この美しい桜並木を想像できたでしょうか。
※鎌倉市老人クラブ連合会発行「みらいふる鎌倉会員広報誌第60号」参照
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鎌倉市鎌倉山  最寄駅:湘南モノレール「深沢」駅。

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